「犯人は韓国人」のデマ、日本の言論は無罪か

日本ニュース批評

たまに世間を騒がす事件が起きるとネット上やSNSでは変な噂、話を目にする。

 

「犯人は(在日)韓国人ではないか?」

 

という内容だ。警察の正式発表が遅れればその噂はもっと速く、もっと広く拡散する。そして、その風潮を批判、懸念する記事が複数のメディアにまた掲載される。私はそういう批判は有益な指摘だと思う。しかし、その批判がいつも「ヘイトはやめましょう」「デマはダメですよ」のレベルで止まることには前から異議があった。問題の核心にもう少し踏み込んで欲しいと思うからだ。

 

ヤクザ射殺事件で感じたこと

今年の1月、東京歌舞伎町にあるカラオケで中年男性が拳銃で撃たれ死亡した事件が起きた。すぐニュースを調べたら次のような内容が目に入った。

 

 

死亡したのは「元暴力団員の香山興宗」というのだ。ほぼ同時にネット上には「通名ではないか?」という疑惑、不信の声も見られた。私は確かめるため、他のメディアを調べてみた。すると、「元暴力団員の香山興宗」の本名は「韓国籍の李興宗」だという。

 

 


<NHKでは「本名李興宗」と報じられた>

 

 

配慮のつもりだろうけど、私にはありがた迷惑です

実は私も最初の記事で名前をみた時、なんとなく嫌な予感がして「もしかして」と思ったのだ。それは 

① 下の名前をなんと読めばいいか分からない(珍しい名前)
② 漢字をそのまま韓国式に読むと韓国にいそうな名前


ということから嫌な予感がしたのだ。残念ながらその予感は的中した。

 

リベラル系のメディアの場合、何かの事件で犯人、もしくは関係者が韓国人で通名を持っている場合、本名を伏せて通名だけで発信することが多い。なぜ彼らは本名ではなく、通名で記事を書くのか?たぶんメディア側は「犯罪事件の犯人が韓国人だと知られたら、韓国人に対する偏見、もしくはヘイトが生じるかもしれない」という考えでそうしているのだろう。


しかし、善意の行為が必ずいい結果をもたらすものではないことを知るべきだ。そして韓国人がやったことに対する偏見、悪い印象ができたとしてもそれは韓国人が背負うべきものであり、日本人の名前をしている人のせいしてはいけない。少なくとも韓国人の私には、メディアのその配慮にむしろ心の中に後ろめたい気持ちというか、すっきりしない何かが残る気がする。

 

自分が起こしたわけではなくても、同じ国、同じ民族の人が何か問題を起こした時には、心の中に何かが残る。うまく説明できないが「なんとなく申し訳ない気持ち」「恥」のようなもの。例えば、数年前ヨーロッパのどこかの遺跡に落書きをした日本人がいて批判を受けたことがあるが、自分がやったことではなくても、日本人として恥ずかしいと思った人は少なくなかったはずだ。自分に責任はないし、自分と関係はないが、少しはそういう気持ちを感じると思う。

 

 メディアが犯人が韓国人であることを伏せて報じたが、後でそれが韓国人だと知った時、韓国人の気持ちはどうだろうか。それは人それぞれだろうけど、私の場合はその「なんとなく申し訳ない気持ち」「恥」の気持ちだけではなく、「後ろめたい気持ち」が追加される。同郷の人が犯した行為に対する「なんとなく申し訳ない気持ち」「恥」に加えて、メディアから贔屓されたということで後ろめたい気持ちになるのだ。

 

根拠もなく「犯人は韓国人では?」と疑う人もいるのは事実で、そういう風潮は無くなって欲しいと願っているが、そもそもそれはメディアが本当の名前を報じて来なかったことが大きな原因だと思う。最初から実名報道をしていたら、そんな疑いの目も、憶測もなかったはずだ。

 

上記の記事のようにあるメディアは本名、あるメディアは通名で報じられると、また新しい韓国人に対する偏見(メディアが忖度する、韓国人を贔屓するという内容の偏見)が生まれることになる。メディアは偏見を無くすと言いながら、実は偏見を作っているのだ。

 

上のニュースは韓国でも「韓国系暴力団員」と報じられた。これだけネットが普及していて、自動翻訳も発達している時代に、韓国メディアさえ「韓国系」だと発信していることを日本のメディアが隠せると思っているのだろうか。むしろ、隠したメディアの信頼だけを失う結果になるのではないかと思う

(終わり)

 

<韓国KBSの報道・・・「韓国系ヤクザ」と明記している>

 

 

 

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